紙文化からの脱却(1)〜 ペーパーレス化の現状と動向

新型コロナウイルス対策で実施されたテレワークですが、現実的には紙の書面でのやりとり、社内決裁や顧客との契約に印鑑が必要などの理由で、在宅だけでは仕事が進まないという問題がありました。ペーパーレス化は、今後の社会や企業の成長(経営力向上)にとって避けては通れない課題のひとつと言えます。

ペーパーレス化の現状

2020年4月に実施された中小企業へのアンケート調査によると、テレワーク中に出社が必要となった理由として、「取引先から送られてくる書類の確認・整理作業」が38.3%と最も多く、次に「社内ミーティング」22.8%、「請求書など取引先関係の書類の郵送業務」22.5%、「契約書の押印作業」22.2%と続きます。その他、「行政から送られてくる書類の確認・整理作業」18.4%、「社内の紙による書類の申請・承認作業」17.1%などが挙げられています。この結果を見ると、バックオフィス業務の紙に関わる課題が多いことが明らかです。

また、2020年5月に実施された自治体職員へのアンケート調査によると、在宅勤務者が緊急事態宣言下の1ヶ月間で書類対応のため出勤した回数は、66.7%の人が「10回以上」と回答しており、こちらも紙に関わる課題が多いことが分かります。

出所: コロナ環境下の業務量調査(ペーパーロジック株式会社)を基に作成

一方、欧米では日常的な見積書や請求書のやりとりはペーパーレスが普通であり、会社間の契約書もデジタル化され、電子署名とタイムスタンプを付与することで、契約内容の有効性や法的効力が保証されている国が多いようです。

たとえば、行政・自治体の手続きがデジタル化されている北欧の「エストニア」では、15歳以上の国民は電子IDカードを所持することが義務化されており、結婚・離婚・不動産売却等の一部を除き、行政サービスが電子認証と電子署名で完結する仕組みが構築されています。

電子署名:電磁的記録に記録された情報について作成者を示す目的で行われる暗号化等の措置で、改変が行われていないかどうかを確認できます。また、電子署名を用いて認証を行うことを電子認証といいいます。
タイムスタンプ:電子データが“ある日時に存在していたこと”および“その日時以降に改ざんされていないこと”を証明できるものです。

日本でペーパーレス化が進まない理由

先の調査の結果から分かるように、日本の現場ではペーパーレス化(デジタル化)が進んでいないのが現状です。20年ほど前から電子帳簿保存法、電子署名法、e-文書法などのペーパーレスに関わる法律は整備され、またインターネット、クラウドなどのIT環境も充分なほど整っています。このような環境にもかかわらず、なぜペーパーレス化が進まないのか、この理由を2つの側面から考察します。

情報記録媒体としての紙の特性

紙の文書や書類はデジタル文書と比べ、ペーシをめくって全体を見渡すことが容易(一覧性が高い)、形状・色などの物理的な特徴で人の記憶に残りやすい等のよさがあります(記憶定着力のよさ)。 また、デジタルよりも修正が難しいため一般的に情報の信頼性が高いと信じられています(改ざん難易度の高さ)。すなわち、紙に対する安心感や信頼感があることが、デジタルへの移行を阻んでいるのが第一の理由と考えます。

変革への抵抗

企業・組織においてペーパーレスを推進しようとするとき、次のような意見をよく耳にします。

  • 従来のやり方で特に問題なく、変える必要があるのか(変革の受容性)
  • IT機器の導入、セキュリティ対策などに費用がかかるが相応のメリットがあるのか(費用対効果
  • IT機器やソフトウェアの操作に慣れていない社員が多く、使いこなせないのではないか(ITリテラシー)
  • 取引先や身近な企業も紙を使っているので、自社だけデジタル化するのは時期尚早である(横並び意識)

このような意見は、業務が変わることへの不安やペーパーレス(デジタル化)のメリットを過小評価していることから出てくるものと考えます。今までと同じことをやっていれば安心、ITを使わなくても仕事は進められる、ITは苦手・覚えるのが大変など、心の中には様々な理由があると推察されます。また、業務を効率化すると自分の仕事がなくなるかもしれないといった不安を持つ人もいるでしょう。

しかしながら、変革を拒んでいては、市場の要求や環境の変化に対応することはできません。業務の効率化を図り事業を成長させるためには、仕事のやり方をゼロベースで見直す必要があるのではないでしょうか。

ペーパーレス化のメリット

ペーパーレス化には、どのようなメリットがあるのか、既知の事柄もあると思いますが改めて整理してみます。

業務効率化

日常的に多くの紙を使って業務を進める企業では、ペーパーレス化により業務効率化の恩恵が得られます

たとえば、「見積書・請求書はパソコンで印刷して上長承認をもらい押印して顧客へ郵送」、また「経費精算書は手書きで記入、押印して上長承認後に領収書を添付して経理担当者に送付」するなど、多くの手間と時間がかかっていることが、ペーパーレス化によりかなりの時間を節約できます。また、過去の書類や資料の内容を確認したい場合に、容易かつ瞬時に検索できたり、類似の資料を流用して新しい資料を作成したりすることでも業務効率化が図られます。

コスト削減

ペーパーレス化のメリットが分かりやすいのは、コスト削減である。紙そのものと印刷などの直接的な費用に加え、保管スペース、運搬や廃棄に要する費用、およびそれらの作業に関わる人件費なども削減できます。また、契約書の締結などに必要な収入印紙もペーパーレス化(電子契約書)により削減可能な一例です

情報セキュリティ対策の強化

電子データとして管理することで、盗難・紛失のリスクを減らすことができます。また、データを管理するシステムにおいて、閲覧可能な従業員を適切に設定することなどで、情報セキュリティ対策を強化することができます。

今後の動向

新型コロナウイルスの感染拡大対策で導入が進んだテレワークですが、これを契機にペーパーレス化に取り組む流れが加速していています。また、ペーパーレス化の取り組みには、従来の業務スタイルの見直しが必要となり、こちらも併せて実施されることになるでしょう。 ペーパーレス化と業務スタイルの変革、この両輪をバランスよく回すことが、今後の企業・組織が成長するための重要な要素となってきます。